流されるのか波打つのか、
たゆたう水に沈むのは……
文/春岡勇二
「大雨降らせてやろうなー、カラッカラッの街に!」
日照りが続く街で、水道局員として働く男は今日も車で街を巡り、水道を停めて回る。「停水執行」、料金を滞納している店舗や家庭を訪ね、水道を止めてゆくのが男の仕事だ。そんなある日、男が訪ねた家にいたのは小学生の姉妹二人だけ。しばらく前までは、帰らぬ夫を待つ、二人の母親もいたのだが。家はすでに電気・ガスも止められている。水は最後のライフラインではないのか。男は躊躇(ちゅうちょ)するが、少女たちに家中の容器に水を溜めさせた後、規則通り水を止める。だが、そのことで男の中でなにかが動き始め、自分自身の〝渇き〟と向き合っていくのだった……。映画『渇水』は、1990年の文學界新人賞を受賞し、同年上期の芥川賞にもノミネートされた河林 満の同名小説の映画化作。発表されてからすでに30年以上の年月が経っているが、描かれているのは、貧困・経済格差・行政の不備、そして家族の絆といった、今の社会に変わらずに横たわっている問題ばかり。自身の〝渇き〟に向き合った男は、冒頭の言葉を大声で発しながら、ある行動に出る。男を演じているのは生田斗真。彼にしては珍しく、どこにでもいる普通の男で、スターの華を持つ彼には逆に難しい役柄といえるが、真摯に演じていて好感がもてる。仕事の相棒で後輩に磯村勇斗、妻役に尾野真千子という布陣。監督は原作の映画化を10年前から模索していた高橋正弥。『孤狼の血』シリーズ(2018年、2021年)や『死刑にいたる病』(2022年)などの白石和彌監督が企画プロデュースを引き受けて製作にこぎつけた邦画界注目の作品でもある。姉妹のしっかり者の姉を演じた山﨑七海、あどけない妹を演じた柚穂の演技と存在感が印象的で、困難からの希望がほっとした気持ちで胸に残る作品になっている。
もう1本、現代社会が抱える問題、それもこちらは介護や新興宗教、女性差別といった、どちらかと言うと裏に潜む形で存在する問題を女性の眼で鋭くえぐった映画が公開される。『彼らが本気で編むときは』(2017年)や『川っぺりムコリッタ』(2022年)などの荻上直子監督の野心作『波紋』だ。
夫の突然の失踪後も、義父の介護を続け、今は新興宗教の熱心な信者となっている中年女性の元に、夫が前触れなく舞い戻って来る。聞けば、がんになって高額治療が必要だという。さらに地方で就職していた息子は、障がいのある女性を婚約者として連れてくる。次々と起こる、心ざわつかせる出来事にヒロインの日常が崩れていく。主演は、いま怖い女性を演じさせたら日本一の筒井真理子。夫役は光石 研、息子役はこちらにも出ている磯村勇斗。他に、柄本 明、木野 花、キムラ緑子、江口のりこ、平岩 紙、安藤玉恵といった小劇団の出身や現在も所属の曲者俳優たちがそろい、不穏な世界観を構築していく。
どちらの作品も核には家族の絆があり、タイトルに「水」が絡むのも興味深い。
『渇水』 6月2日(金)公開
PG12
TOHOシネマズ梅田、T・ジョイ京都、109シネマズHAT神戸 ほか
監督/髙橋正弥 出演/生田斗真、門脇 麦、磯村勇斗、山﨑七海、柚穂、宮藤官九郎、池田成志、尾野真千子 ほか
『波紋』 5月26日(金)公開
TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、シネ・リーブル神戸 ほか
監督/荻上直子 出演/筒井真理子、光石 研、磯村勇斗、津田絵理奈、安藤玉恵、江口のりこ ほか
※この記事は2023年7月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。