神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク
VOL.2
本と記憶はつながっている
text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
コーヒーやビールも飲めて、ライブも時々。
本も好きですが、音楽とお酒はもっと好きです。
1.23 mon.
飲みに行かないと日記に書くことがない。店も静かだったので、ずっと電子書籍で西 炯子『初恋の世界』 1 を読んでいた。仕事中に漫画を読むのはなんとなく背徳感があり、べつに誰に言い訳するでもないが「これも仕事なんです」みたいな顔をして読む。ストーリー自体はいつもの西 炯子といった感じで、40歳・独身女性の“小松くん〞が転勤をきっかけに東京から地元に帰り、元同級生たちも含めて男女のなんやかんやが巻き起こっていく、というべたなすじ。西 炯子はリアリティとファンタジーのバランスをとるのが抜群に上手く、こんな人は現実にはいないだろうという気持ちと、いや、これだけディテールが細かいならば私が知らないだけでどこかには存在しているのかもしれない……という気持ちがせめぎあう。
愛し愛されて生きるのって、と考える。みんな誰かを本当の意味で愛したことがあるのだろうか。みんな当たり前の顔でそういうことを経て、それで誰かと生きているのだろうか。
1.25 wed.
近所の[シネ・リーブル神戸]で、三宅 唱監督『ケイコ 目を澄ませて』 2 を観た。聴覚障害とボクシングという劇的なテーマを置いた上で、人々の何気ない暮らしをひたすら描いていて、素晴らしかった。自分の生活に地続きな感じのする映画は本当に好きだ。一見淡々としていて全体としては静かなトーンなのに、ちゃんと人間としての起伏が描かれていた。主演の岸井ゆきのの目の表情が忘れられない。
それと、ただそこで鳴っている街の音の捉え方。川の音、草の鳴る音、車が走り去る音。聴こえない主人公だからこその拘りなのだろうか。下町の風景を、必要以上に泥くさく写すことも、なにか神聖なもののように描きすぎることもなく、ただそこにあるものとしてフラットな視線で捉えていた。
「小さくゆっくりだが、着実に」
帰り道、寒くて買ったあたたかいココアがあまりに甘くて鼻血が出そうだった。
2.2 thu.
なにも思い出せないのでなにもなかったのかもしれない。そういう日もある。
晩、最近店に入荷した『猫はしっぽでしゃべる』 3 を読みはじめる。熊本、橙書店 4 の店主・田尻久子さんのエッセイ。以前『橙が実るまで』を読んだときにも思ったけれど、田尻さんの文章は、湿度がそれなりにあるのに読後感はさっぱりしていて心地が良い。それこそ橙(だいだい)のよう。よほど酔っている日以外は毎日本を読む、と書いていて畏怖の念を抱く。私は本屋のくせにあまり本が読めない。飲んでいる日なんかもってのほか。
作中に『カイマナヒラの家』 5 が出てきた。いつか、小豆島へ行くフェリーのなかで読んだ本。本と記憶は本当につながっている。どこでどうして読んでいたか、ふしぎと思い出せる。今日はなにもないような日だったけれど、この本をまた開くときにはこの一日のことも思い返すのだろうか。
- 電話番号080-3855-6606
- 住所神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
- 営業時間12:00~19:00
- 定休日水&木
- アクセス各線元町駅から徒歩5分
※この記事は2023年5月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。