ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。

秘技、京巻き!

ある日、錦市場を歩いていたら、ショーケースに並べられている黄色い棒状の物体と目が合った。いつもは素通りしていたお店。「ああ、卵焼きね」なんて横目で見ながら。でもその日、私は気づいてしまった。それは卵焼きではなく、だし巻き卵だったということに。

 だし巻きって居酒屋とか割烹で食べるもの、だよね……? 持ち帰りの専門店って珍しくない? 東京にあったかな……。築地に厚焼き卵の店はあるけれど。もしかして京都ならではなの?? と、疑問がむくむく。誰か教えて。というわけで、だし巻き卵専門店の[三木鶏卵]を訪ねた。

 錦市場に店を構える[三木鶏卵]は、昭和3年の創業。「元々は、乾物屋に丁稚奉公していたひいおじいちゃんが始めた店です」とは次期4代目の三木惠太さん。当時の乾物屋では、売り物の昆布や鰹節の味を知ってもらおうと、店の隅でだし巻き卵を焼いて売ることがあったそうで、[三木鶏卵]もその流れを汲んでいるとか。「だから、だし巻きは京都の地場産業。だし巻き屋さんの数も、今よりもっと多かったようです」と三木さん。

 自慢の出汁をたっぷり使う京都ならではのだし巻き卵。その焼きかたも、他とは異なると言う。「京巻きといって、銅鍋に卵液を流し込んだら、手前から奥に向かって卵を巻いていきます。そうすると生地が締まりやすい。空気が入りにくくなって、お出汁が外に出にくくなるんです」。いわく、背景には京都の仕出し文化が関係しているらしい。今ほどスーパーがなかった昔、京都の人々が来客用の料理やお惣菜を買うのは、仕出し屋だった。購入してから食べるまでの間に、だし巻きの出汁が滲み出てしまっては台無し。そんなわけで、時間が経っても出汁が中にちゃんと留まっているだし巻き卵が考案されたというわけだ。

 だから京都のだし巻き卵は、出来たて熱々ではなく、冷たいまま食べるのが通例。「そのほうが出汁の味をしっかり感じられます」と三木さん。さすが京都。お出汁への愛が深い。

 ちなみに[三木鶏卵]でもっともだし巻き卵が売れるのは、年末。「京都のこの辺の独特な文化なんですけど、おせちの中にだし巻きを入れるんです」。え、伊達巻ではなくて? と驚く私に、「伊達巻も入れますが、だし巻きも必ず」とのこと。どうやらそれも、仕出し屋でおせちを買い求めるという、京都ならではの食文化の名残りらしい。ほー、なるほど。そうと知ったら、今度のお正月は、ぜひともだし巻き卵入りの京風おせちを食べたい。まだ秋になったばかりだけれど、気持ちは新年のおせちに一直線な私なのであった。

著者

Nihei Aya

エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)。7月にエッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)を刊行。

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※最新話(vol.13)は、SAVVY11月号(11/22発売)に掲載予定。過去記事は、ハッシュタグ #仁平綾の京都暮らし をクリック。ぜひチェックしてみてくださいね。

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