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「オットと猫1匹と、京都暮らし始めました。」

 「どっから来はったん?」 四条大橋の上で、夫と二人、鴨川の澄んだ水を無心に覗き込んでいたとき、横にいた白髪のご婦人に話しかけられた。「ニューヨークです」。そう答えようと思ったけれど、いや待て、コロナのこともあるし「東京です」と、とっさに答える。聞けば、ご婦人は京都在住で、ほぼ毎日、散歩のため街まで来ているという。「水が透明で。京都ってすばらしい場所ですねっ」と鼻息荒く伝える私に、ご婦人は、ふふっと笑った。

大きな空にマジカルな夕景色。鴨川が好きだー!

川の流れる街が好きだ。ぽっかり、川のところだけ贅沢な余白みたいだから。そんな川をぼーっと眺めていると、心の澱みがするっと流れる(気がする)。 私が9年間住んでいたニューヨークのブルックリンには、西端に愛すべきイーストリバーがあった。しかし、えらい汚さで、ありとあらゆる菌がうじゃうじゃ、泳いだりしたら病気になるぞ、と地元民に脅されたこともあるぐらいだ。だから鴨川の、川底が見えるほど透き通った水は、派手に二度見したぐらい衝撃だった。

N.Y.からの荷物は全部で50箱。

 京都に引っ越してきて、もう5カ月経つけれど、鴨川に出くわすたび、その透明な美しさにときめいて、足を止めてしまう。橋の欄干にぎゅうっと上半身を押し付け、足もとの川に熱視線を向けている中年女がいたら、それはたぶん私です。

 「京都のバス、緑の線が入ってるやろ。あれ、鴨川の流れを表してるねんて」 先ほどのご婦人が、目の前を通りすぎるバスを指差し、言う。「へえぇぇ、そうなんですねー」私と夫が声をそろえる。京都の市バスは、薄緑色のボディに、ダークグリーンのラインが流れるように施されている。鴨川への敬意を込めたデザイン。京都って、すてきだ。ご婦人と別れ、自宅に戻り、早速Googleで調べてみたけれど、そんな情報は一つもヒットしなかった。まあいい。きっとそうに違いない。私はご婦人を信じている。

 というわけで、みなさま、はじめまして。2021年春、オットと猫と共に、ニューヨークのブルックリンから京都に移住した、仁平 綾です。これから私が京都で出会った「へえ、そうなんだ」という発見を、毎月エッセイと写真でお届けします。出身は千葉県。東京を拠点にしたあと、ニューヨーク暮らし。縁もゆかりもない京都は、ただあこがれの街。という完全なよそものです。 だから、京都の人が「え、そんなことも知らないの?」と驚かれることを、たびたび繰り出すかもしれません。どうかお手やわらかに、これからよろしくお願いします。

  • ブルックリンの住まいは元ニット工場。天井高は4メートル。
  • 愛猫のミチコ。入国手続きが大変すぎて泣いた。
  • 9年間通ったブルックリンのイーストリバー。
著者

Nihei Aya

エッセイスト。夫の仕事の移転を機に東京からN.Y.へと移住し、N.Y.にまつわる著書を数々出版。9年の滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨ ークでしたい100のこと』(自由国民社)

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