2025-09-02 13 31 28 (8)

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク

text and photo/田邉 栞(たなべ しおり)
[本の栞]5周年の記念として、松原佳奈さんによる
オリジナルブレンドティーをお配りしています。
詳しくはSNS、HPをご覧ください。

vol.32
「この世のすべての動物の中に
ほんのすこし猫はいる」

8.23 sat.

この数日、店の前の植物にトノサマバッタがくっついているのを見かける。虫はさほど好きでもないので見つけたときはぎょっとしたが、あまりに毎日出会うのですこし愛着がわいてきた。猫を飼ってからというもの、世のすべての動物に猫性を見出してしまう。虫や鳩のなかにもすこしだけ猫はいる。バッタはしずかに草をかじっていたので、しばらく眺めた。

8.25 mon.

店を閉め、棚をかるく整えていたら『喫茶店の水』が目にとまったので椅子に座ってめくる。作者のqpさん、画家のはずなのに写真があまりに良すぎるのでは、とはじめに仕入れたときから思ってはいたが、文章も落ち着いたトーンで、浮ついたりへんな癖がないところが喫茶店の水そのもののような感じがして、なんだか一体感のあるきれいな本だなと思う。
 ちょうどひらいたページに、最近気になっている、京都にあるらしい名前のない喫茶店のことを書いていて、ますます行ってみたくなる。まわりからなんとなく伝わってくる店主の人となりを含めた雰囲気に、ずっと勝手に好感を抱いている。表紙の水は[喫茶 憩]のものだったんだ。よく知っている店のはずなのに、こんなにも美しく写っていると分からないものだ。

『喫茶店の水』=画家でもあるqpが撮影した喫茶店の「水」の写真85枚を選んでまとめたフォトエッセー。左右社刊。
[喫茶 憩]=京都・千本中立売にある名物メニュー多数の喫茶店。

 ただし、喫茶店へ行けば、さまざまに受け取るものがある。
 飲食すること以外にも、その喫茶店特有の雰囲気を楽しんだり、雑誌が置いてあったら読むこともある。となりの席のだれかが話していたら、それを聞くこともなく聞くこともある。
 喫茶店は、すごす人によって目的がさまざまであり、迷惑をかけなければ自由にして良いという風通しの良さがある。ただひとりで座って、とくになにをするでもなく、窓の外を眺めていても許される。(『喫茶店の水』qp)

8.28 thu.

黒岩あすかの『怪物』を聴きながら梅田へと運ばれる。このアルバムは香川を旅行している最中、車で森のなかを抜けるときにはじめて聴いた。窓を開け、揺れに酔った身体を預けるように。店でかけていても良い音楽であることには変わりなく、繰り返し聴いてはいたが、あのときほどの揺れはなく、環境によるものだったのかなと思っていた。ところが、電車で聴いたら同じような気持ちがまた訪れて、これは移動の音楽だったのか、と勝手に納得する。流れる車窓とこの上なく合うみたい。

黒岩あすかの『怪物』=大阪を拠点に活動するシンガーソングライター・黒岩あすかの4枚目となるアルバム。

8.31 sun.

 店に来た、自分の母親と祖母ぐらいの年齢の親子が、雑誌のエッセイいつも読んでいますよ、素敵やね、あんな文章が書けて、と声をかけてくれた。わたしは自分の書くものに本当になによりも自信がなく、これは誰が読んでいるのだろうかと思っているふしがあるので、こういう言葉をかけてもらったことはずっと覚えている。おじいさんのお見舞いに持って行くのになにかおすすめはないかと聞かれ、平凡社の『作家と〇〇』シリーズを紹介したら、お二人でじっくりと楽しげに悩んだのちに、すすめた本を買っていってくれた。

『作家と〇〇』シリーズ=作家とおしゃれ」「作家と珈琲」などのテーマごとに文豪から現代の小説家まで多岐にわたる作家のエッセイや詩を1冊にまとめた平凡社のアンソロジーシリーズ。最新刊は『作家と山』。

※【連載】栞の栞の過去記事は、ハッシュタグ #栞の栞 をクリック。

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用

※この記事は2025年11月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。

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SAVVY11月号「神戸・阪神間」
発売日:2025年9月22日(月)定 価:900円(税込)