神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク
vol.27
「記憶のなかの都賀川はいつも春」
3.26 wed.
飼い猫が暑そうにしている。ここ数日は日中もよくベッドのはじの方で見かけるが、そこが一番涼しいということなのだろうか。春は大抵いつも調子がわるいので気が重いが、ころころと転がる猫を見られるのは心に良い。そういえば去年はどうだったっけと考えてみたら、猫がうちに来たのは4月になってからのことだった。
ばたばたと支度してなんとか予定の時間通りに家を出る。かかりつけで常備薬をもらってから[六珈]、のいつものコース。店主と近況などを話し、時折、細長い窓からすこしだけ見える空を眺めるでもなくなんとなく目をやり、しかしいきなり暑すぎますね、などと言いあう。
昼ごはんは悩みに悩んで、これまで存在を知らなかったトルコ料理の[シャフマラン]へ。はつらつとしたスタッフが気さくに声をかけてくれていい空気。お腹の具合がよく分からず、ケバブ料理は食べきれる感じがしなかったので野菜メインのセットにしたら正解だった。フェタチーズっぽい白いチーズと酸味のあるスパイスがかかったサラダからはじまり、レンズ豆のスープと、メインはフムスにクスクスのタブレ、ナスのヨーグルトマリネ、それからトマトのチャトニのようなもの。今までトルコ料理だとは知らずに食べていた好きな料理たちの出身地を知れてうれしい。ケバブもやはりおいしそうだったので、次は晩に来たい。
[シャフマラン]=JR六甲道駅から徒歩すぐのトルコ料理専門店。
腹ごなしにすこしその辺りをぶらつき、今日のメインの[プーロ]へ。お店のSNSで見てはいいなあと思っていた、オレンジが添えられたバスクチーズケーキを頼むと、思っていたよりもかなりサイズ感が大きくてうれしく頬張る。小さなお店は入ったタイミングには満席だったが、食べているとちょうど自分だけになったので店主の方としばらくお話。レモンサブレと、松原佳奈さんの茶葉が並んでいたのでお土産にした。
光が良い時間帯になってきたので、都賀川(とががわ)沿いを歩いて知り合いの花屋さんへ行ってみるもお休み。気を取りなおして海の方へと散歩していたら、色々な種類の鴨が今までに見たことないほどたくさん浮かんでいた。このあたりに住んでいたころは、都賀川にもよく散歩しに来ていたのに。ぼんやりと眺めながら歩く。どこまでも歩けそうに思うが、都賀川はそのうち海に辿(たど)り着いて、終わりが来る。
松原佳奈さん=神戸を拠点にお茶会の開催やブレンドティー制作などを行う茶人。
都賀川(とががわ)=神戸市灘区の中心部を流れる河川。河川敷は遊歩道になっている。
久しぶりのこの街から帰りがたく、大石駅のホームでしばらく座ってすごした。阪神の車窓や駅からの眺めが好きだ。線路がすこし高いところに位置していて、山と海の間を走る。いくつかの川をゆきすぎて、白や赤の煙突や鉄橋が見え隠れする。記憶のなかの都賀川はいつも春で、すこし霞(かす)みがかってぼんやりと白んでいる。
元町に帰ってきて、やっぱりこちらと違ってあのあたりの空の色はぼんやりしていると確かめて、商店街で黄色い花を買って、家に帰った。
夕飯のあいだにも蝋梅の花がどんどんひらいてゆき、部屋がいい匂い。パートナーはおばあちゃんの家を思い出すと言っていた。庭に木があったのかと聞くと、あれは香水の匂いだった気がすると言う。私が育った高槻の家の庭には蝋梅の木があり、それは祖父の部屋の前だったので、花がひらくといつも祖父が教えてくれた。そういえば、家の目の前の道路にいくつか木蓮の木が植えられていることについこのあいだ気がついた。ふさふさとした蕾がたくさんついている。もうすぐ開くだろう。
同じ場所の違う時間の記憶というのは あらゆる場所に残ってる 近所のスーパーにも 公園にも/記憶や思い出が 場所に宿るという感覚が 全部の時間を繋げてるような気がして『20光年』(INA、リイド社)より
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※この記事は2025年6月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。