ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.40 まさかのご当地おやつ
「京都の名物といえば、壹銭洋食(いっせんようしょく)でしょ」
この街で生まれ育った知人の言葉に、え? は? 混乱してしまった。壹銭洋食って祇園にあるお好み焼きの店だよね? 名物なら鯖寿司や湯豆腐じゃないの……?
ところが、調べてびっくり。[壹銭洋食]で提供しているのは、お好み焼きにあらず。大正時代や昭和初期に“一銭洋食”と呼ばれ、京都の街で親しまれた粉もんをよみがえらせたもので、いわば京都人のソウルフードなのだとか。へえ!
当時、一銭洋食は子どもたちのおやつとして、駄菓子屋などで売られていたらしい。大正生まれの京の随筆家、秋山十三子のエッセーには、学校帰りの道端で、屋台車を引いたおじさんが売っていた、とある。
「うどん粉を水でといて、ちょっと甘味をつけた汁をドロドロと丸く薄くのばして焼く。上にのっていたのはたしか桜えびと青ねぎやったかしら。一ぺん裏返してキュッキュッと押え、こうばしいにおいがしてきたら、できあがり。ごつい指で刷毛を持ち、ソースをたっぷりぬって新聞紙の上にのせ、『ほれ、一銭やデ』」。*
なるほど、確かにお好み焼きとはだいぶ違う。しかも本当に“一銭”で売られていたのだなあ。ちなみになぜ“洋食”かといえば、ソース味だから。「うわ、もうこの味、洋食やん!」と誰が名付けたか、わりと安易なそのネーミングからは、舶来の真新しいソースに対する“よそもの”感と憧れがうかがえる。
[壹銭洋食]の初代、木下辰雄さんが幼少期だった戦中〜戦後も一銭洋食は健在。駄菓子屋の鉄板の上にだしで延ばした小麦粉を薄く敷き、カツオ節を振って焼きあげ、ソースをかけて売る光景が見られたという。往年の味が姿を消していくことを憂いた木下さんが、50年ほど前に壹銭洋食として復刻させた。具は、カツオ節や紅しょうが、天かすのほかに、九条ネギ、ちくわ、味付けこんにゃく、高級感を出すために和牛肉も入れた超豪華版。生地の上に具を重ねて焼き、卵2個は半熟に仕上げるスタイル。二つ折りの内と外に、しゃばしゃばっとした、甘辛のウスターソースを塗って完成だ。最後に乗せるのは、青のりではなく刻みのり。「店の場所柄、舞妓さんたちを考慮して、歯に付きにくいものを選んだようです」とは木下さんの孫、三代目店主の西口侑太郎さん。
店内は地元の常連客から、修学旅行生、外国からの観光客で賑わう。西口さんいわく、そもそもは祇園の歓楽街でほろ酔いになったお父さんたちが、お土産に買い求めるのが主要なニーズだったとか。夜半に父親が持ち帰った壹銭洋食は、翌朝、子どもたちが歓喜乱舞する朝ごはんとなる。「ひと晩置いて、冷めた壹銭洋食もまたおいしい」そうで、具材と卵、ソースが混然一体となり、出来たてとは別ものなのだという。ほお!
時代時代の生活に溶け込み、食べ継がれてきた京都の粉もん。熱々、冷や冷や、もれなく味わって、私も次世代へと繋ぐお手伝いを買って出たい。
- 電話番号075-533-0001
- 住所京都市東山区祇園町北側238
- 営業時間11:00〜 翌1:00(金・土・祝前日〜翌3:00、日・祝日10:30~22:00)
- 定休日なし
- カード使用可
- 席数70
- アクセス京阪祇󠄀園四条駅から徒歩5分

Nihei Aya
エッセイスト。9年のニューヨーク滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(だいわ文庫)、京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』(大和書房)など。
- Instagram@nipeko55