20250221_0017048

ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。

vol.40 まさかのご当地おやつ

「京都の名物といえば、壹銭洋食(いっせんようしょく)でしょ」

 この街で生まれ育った知人の言葉に、え? は? 混乱してしまった。壹銭洋食って祇園にあるお好み焼きの店だよね? 名物なら鯖寿司や湯豆腐じゃないの……?

 ところが、調べてびっくり。[壹銭洋食]で提供しているのは、お好み焼きにあらず。大正時代や昭和初期に“一銭洋食”と呼ばれ、京都の街で親しまれた粉もんをよみがえらせたもので、いわば京都人のソウルフードなのだとか。へえ!

 当時、一銭洋食は子どもたちのおやつとして、駄菓子屋などで売られていたらしい。大正生まれの京の随筆家、秋山十三子のエッセーには、学校帰りの道端で、屋台車を引いたおじさんが売っていた、とある。

「うどん粉を水でといて、ちょっと甘味をつけた汁をドロドロと丸く薄くのばして焼く。上にのっていたのはたしか桜えびと青ねぎやったかしら。一ぺん裏返してキュッキュッと押え、こうばしいにおいがしてきたら、できあがり。ごつい指で刷毛を持ち、ソースをたっぷりぬって新聞紙の上にのせ、『ほれ、一銭やデ』」。*

*『京の女ごよみ – あんなあへえ』(朝日新聞京都支局編/1974年)より引用

生地の外側はパリパリ、具やソース、半熟卵の黄身が絡まる真ん中はとろとろ、卵の白身が固まった部分はふかふか。一枚でいくつもの食感、味わいが楽しめるのが壹銭洋食。1枚850円

 なるほど、確かにお好み焼きとはだいぶ違う。しかも本当に“一銭”で売られていたのだなあ。ちなみになぜ“洋食”かといえば、ソース味だから。「うわ、もうこの味、洋食やん!」と誰が名付けたか、わりと安易なそのネーミングからは、舶来の真新しいソースに対する“よそもの”感と憧れがうかがえる。

 [壹銭洋食]の初代、木下辰雄さんが幼少期だった戦中〜戦後も一銭洋食は健在。駄菓子屋の鉄板の上にだしで延ばした小麦粉を薄く敷き、カツオ節を振って焼きあげ、ソースをかけて売る光景が見られたという。往年の味が姿を消していくことを憂いた木下さんが、50年ほど前に壹銭洋食として復刻させた。具は、カツオ節や紅しょうが、天かすのほかに、九条ネギ、ちくわ、味付けこんにゃく、高級感を出すために和牛肉も入れた超豪華版。生地の上に具を重ねて焼き、卵2個は半熟に仕上げるスタイル。二つ折りの内と外に、しゃばしゃばっとした、甘辛のウスターソースを塗って完成だ。最後に乗せるのは、青のりではなく刻みのり。「店の場所柄、舞妓さんたちを考慮して、歯に付きにくいものを選んだようです」とは木下さんの孫、三代目店主の西口侑太郎さん。

  • 店を切り盛りするのは、三代目の西口さん兄弟。
  • お好み焼きの元祖と呼ばれるけれど、作り方はまったく異なり、具は混ぜず、上からぎゅうぎゅう押さえない。
  • 火を通し切らず、ふわっと半生に焼き上げる。
  • ウスターソースは、同じく祇園が発祥のオジカソースによる特製。内が辛口・外が甘口の甘辛ソースを基本に、内も外も甘めの“甘甘”、またはどちらも辛めの“辛辛”が選べる。
  • 作り置きはせず、注文が入ったら焼き上げ、あつあつを提供。

 店内は地元の常連客から、修学旅行生、外国からの観光客で賑わう。西口さんいわく、そもそもは祇園の歓楽街でほろ酔いになったお父さんたちが、お土産に買い求めるのが主要なニーズだったとか。夜半に父親が持ち帰った壹銭洋食は、翌朝、子どもたちが歓喜乱舞する朝ごはんとなる。「ひと晩置いて、冷めた壹銭洋食もまたおいしい」そうで、具材と卵、ソースが混然一体となり、出来たてとは別ものなのだという。ほお!

 時代時代の生活に溶け込み、食べ継がれてきた京都の粉もん。熱々、冷や冷や、もれなく味わって、私も次世代へと繋ぐお手伝いを買って出たい。

店舗情報
京都・祇󠄀園四条
壹銭洋食いっせんようしょく
  • 電話番号
    075-533-0001
  • 住所
    京都市東山区祇園町北側238
  • 営業時間
    11:00〜 翌1:00(金・土・祝前日〜翌3:00、日・祝日10:30~22:00)
  • 定休日
    なし
  • カード使用
  • 席数
    70
  • アクセス
    京阪祇󠄀園四条駅から徒歩5分
著者

Nihei Aya

エッセイスト。9年のニューヨーク滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(だいわ文庫)、京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』(大和書房)など。

  • Instagram
    @nipeko55
この記事は2025年5月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
Share
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
SAVVY5月号『北浜・中之島』
発売日:2025年3月22日(土)定 価:900円(税込)