ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.37 モテたい平安貴族の藤袴
ある日、偶然手にした入浴剤は、平安時代から京都で親しまれている植物、藤袴(ふじばかま)で作られたものだった。その素晴らしい芳香が貴族たちに愛されたという。へー! いにしえの匂いをお風呂で追体験できるなんて。嬉々として湯船に入浴剤を浮かべ、どんな匂いだろう?白檀や桂皮のお寺っぽい香りかな? わくわく、藤袴エキスが抽出された薄黄色の湯にざぶんと体を沈めたら、まさかの清々しいハーブの香り。カモミールティーに浸かっているみたい。おかげで心の澱(おり)まできれいさっぱり流された。
そうして初めて知った藤袴。秋の七草のひとつで、かつては京都の河原などに自生していたものの、いまは絶滅危惧種なのだとか。「藤袴の葉にはクマリン(桜の葉と同じ芳香成分。抗菌作用あり)、花にはSOD(抗酸化酵素)が含まれているんです。脱臭や消臭に優れ、平安貴族たちは藤袴で匂袋を作って、ぶら下げていたんですよ」。そう教えてくれたのは京都で藤袴の保全&育成に努める源氏藤袴会の代表、馬場備子さん。中国で薬草として活用されていた藤袴が日本へ渡り、邪気をはらう香りとして平安貴族に愛用された。匂袋や釜風呂(現在のサウナ)のほか、染料にも用いられたという。お湯に藤袴の葉を浮かべ洗髪するなど、貴族だけではなく庶民の生活にも取り入れられたとか。
ちなみに藤袴で染めた着物は薄グレー色で、喪中の男性貴族が身につけたそう。薄墨色の装束が、喪に服する神妙な表情を引き立てたのか、喪中男子は「えらくモテた」らしい。匂袋を身につけたのも平安男子たちで、藤袴は当時のメンズのモテアイテムだったのだ! 時代は移り、武家社会になると菖蒲(武勇を重んじる“尚武(しょうぶ)”に通じる)が重宝され、藤袴は影を潜めてしまう。暮らしのなかで使われなくなったこと、さらに昭和・平成の都市開発によって、京都の藤袴は絶滅に近い状態にまで減ってしまったそうだ。馬場さんは「文化としての藤袴を後世に伝え残したい」と保全活動に取り組んでいる。
その思いに賛同する地元の人々が、京都固有種の藤袴の鉢を借り受け、学校や自宅で育成。京都の街に藤袴を取り戻す活動が草の根的に広がっている。育ててみませんか? と私も提案を受け挑戦してみることに。サボテンすら枯らした私でも育てられるのか……。絶滅に拍車をかけてしまうのでは……とプレッシャーがずしり。「うまく育たない鉢もあるし、重く受け止めなくて大丈夫!」との馬場さんの言葉に励まされ、平安貴族も愛した藤袴はいまのところ、我が家のベランダで可憐な花を咲かせている。
ところで発見がひとつ。愛猫のベス子が藤袴の鉢や入浴剤に激しく反応。匂いをくんくん嗅いだあと、すりすり、ごろごろ、お腹をごろんと出して寝転がった。え! マタタビ効果? もしや藤袴は、平安貴族だけではなく猫にもモテる植物なのでは。どなたか詳しい人にぜひ解明していただきたい。
Nihei Aya
エッセイスト。9年のニューヨーク滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』(大和書房)を刊行。
- Instagram@nipeko55