hd_20240917_0014990

ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。

vol.36 大皿でわいわい、普茶料理

 変わった精進料理がある。と聞いて“MUST GO”リストに即入りした、宇治・萬福寺(まんぷくじ)の普茶(ふちゃ)料理。なんでも中国から伝わったものだとか。普茶ってお茶? どんな料理だろう。わくわく、萬福寺を訪ねた。

 黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山である萬福寺は江戸時代、禅の教えを日本へぜひ、と熱烈招聘された中国の高僧、隠元(いんげん)禅師が開創。当時中国にあった同名の寺を再現した中国様式で、入り口の門からさっそく異国感。菱形の石を配して龍の背中を模した参道、中国では魔除けの意味をもつ桃の彫刻や刺しゅう、卍模様の手すりなど、他では見られないシノワズリが境内のあちこちに。驚いたのは、弥勒菩薩像が待つ天王殿。足を踏み入れると、でっぷりした七福神の布袋さんがお出迎え。なんと中国の禅寺では弥勒菩薩として布袋さんが信仰されているそう。布袋さんが抱える袋に参拝者の邪気を吸収し、帰りはお返しに袋から福を授けてくれるという。へえー!

隠元禅師によって中国から伝来した黄檗宗は、日本三禅宗のひとつ。

儀式作法は中国式で、読経は立ったまま行われ、発音も中国から伝わったままだとか。実演してくださったのは、化主(けしゅ)の辻岡智幸さん。

 さて、お待ちかねの普茶料理。動物性の食材と、ニンニクやネギを用いないのは日本の精進料理と同じ。大きく異なるのは供し方。テーブルに次々と運ばれる料理は大皿盛りで、複数人で取り分け食べるスタイル。普茶とは“普く(あまねく)大衆と茶を共にする”の意で、法要のあと、みな平等に上下の関係なく食卓を囲む作法なのだとか。一人ひとりがお膳で食事をとっていた江戸時代の日本人には、だいぶセンセーショナルな食事法だったに違いない……。

 野菜の煮物などを盛り合わせた笋羹(しゅんかん)、胡麻豆腐の麻腐(まふ)、すまし汁の寿免(すめ)……、中国式だけあって、メニュー名はどれも初耳。料理に油を用いるのも普茶料理の特徴のひとつで、油茲(ゆじ)と呼ばれる大皿には、天ぷらみたいな揚げ物が盛られている。料理人(禅寺では典座・てんぞと呼ばれる)の秦 崇志さんいわく、「普茶料理では、五色と五味が大切とされています」とのこと。赤、緑、黄などの彩りが目を喜ばせ、甘味や酸味を利かせた、めりはりある味わいが舌を楽しませる。かまぼこに見立てた長芋や、豆腐とヤマトイモで作ったウナギの蒲焼といった、もどき料理もあって、え、これ中身なに? どうやって作るんだろう? なんてテーブルを囲みながら、座した人たちの話が弾む。そうして場が和むのもまた、普茶料理ならではだそうだ。

笋羹(しゅんかん)には湯葉や生麩など京都らしい食材も。

朝に仕込むできたて胡麻豆腐。

高野豆腐や梅干し、変わり種の揚げものが楽しい油茲(ゆじ)。

すりおろしたごぼうを混ぜ小骨も再現、ウナギの蒲焼もどき。

茶素麺でイガを表現した栗もどきのかわいさに歓喜。

隠元和尚にちなんだ料理も。

野菜の端っこを葛でとじ、揚げた素麺に乗せた雲片(うんぺん)。ごはん&汁物、甘味などがついて一人9,900円(2名〜、要予約)

 ちなみに普茶料理を日本へ伝えた隠元和尚、ほかにも煎茶、名前にもある野菜のインゲン、スイカ、モヤシ、タケノコやレンコン、ちゃぶ台、原稿用紙、文字の明朝体などを日本へもたらし、その影響力は計り知れず。タケノコごはんが食べられるのは、隠元和尚のおかげなのだなぁ……。ありがたや。

 新発見いっぱい。満腹&満足で萬福寺を後にした。家に着いて、ふと気づく。そういえば布袋さんの前を通らずに境内の外へ出たので、福をもらいそこねてしまった! これはすぐに再訪しなければ、である。

店舗情報
京都・宇治
黄檗宗大本山 萬福寺
  • 電話番号
    0774-32-3900
  • 住所
    宇治市五ケ庄三番割34
  • 営業時間
    9:00〜16:30(普茶料理11:30〜14:30、要予約)
  • 定休日
    なし(普茶料理は不定)
  • 拝観料
    500円
  • アクセス
    各線黄檗駅から徒歩5分
  • 公式HP
著者

Nihei Aya

エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』を刊行。

  • Instagram
    @nipeko55
この記事は2024年12月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
Share
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
SAVVY12月号『電車旅』
発売日 2024年10月23日(水)定 価 900円(税込)