きずし、雲子、こっぺ。さて、なあんだ?
「雲子(くもこ)ってなんですか?」
真冬のある日、四条烏丸の割烹で食事をしていたら、隣の人がメニューを指差し店主に尋ねていた。それを聞いた私は、にやり。とする。さては観光客かな。わからないよね、雲子なんて。私も京都で初めて知ったもん。鱈の白子のことなんだよねー。そう心でつぶやき、ちょっぴり優越感。京都ならではを知っている自分がうれしい。
京都の食べものの呼び名には、「地元の人しか知りまへんクイズ」が、たまに潜んでいる。それらをクリアするたびに、〝よそさん〟の私は、この街とより親密になれた心地がして、誇らしい気持ちになるのだ。
例えば、メニューに頻出の「きずし」は、しめ鯖のこと(本連載の担当編集Sさんいわく、大阪でも同じ言い方をするらしい)。「こっぺ」は、冬のごちそう、松葉ガニのメス。別名、セコ蟹や香箱蟹。京都の「こっぺ」だけ、なぜかずいぶん、かわいらしい。去年の夏に知ったのは「どぼ漬け」。これ、ぬか漬けのこと。ぬか床にどぼっと漬ける、に由来しているとか。
そういえば、ニューヨークでも地元民ならではの食の呼び名、フードスラングがあった。例えば、ベーグルサンド。ニューヨーカーは「lox(ロックス)and schmear(シュミア)」なんてオーダーする。どちらもユダヤの言葉で、ロックスはスモークサーモン(店によっては塩漬けサーモンの場合も)、シュミアはクリームチーズ。店のカウンターで、「Can I have a sesame bagel with lox and scallion schmear?(スモークサーモンとネギ入りクリームチーズをゴマのベーグルでください)」なんてすらすら注文できたら、もう立派なニューヨーカーである。
地元の人にしか通じない、といえば、京都の「たぬきうどん」がそれ。揚げ玉がトッピングされた温かいうどんかと思いきや、甘く煮た刻み油揚げとネギがのせられ、しかも汁全体にとろみがつけられている。きつねうどんのあんかけバージョンみたいなもの。一説によると、きつねが、あんかけに化けたから、たぬき。だとか。ちゃんとしゃれの利いているところが、憎い。
「たぬき、一つください」
うどん屋の席に座るなり、地元民ぶってそう注文する私。あっつあつのあんかけを、ふうふうしながら、うどんをすすっていると、横の席から「すみません〜、のっぺいってなんですか?」という声が聞こえてきた。ああ、それはね、しっぽくうどん(かまぼこやシイタケなどの具がのった温かいうどん)のあんかけ版で、のっぺりした見た目だから……。と、また心でつぶやいて、にやり。とするのだった。
※最新話(vol.7)は、SAVVY7月号(5/23発売予定)に掲載。
Niehei Aya
エッセイスト。夫の仕事の移転を機に東京からN.Y.へと移住し、N.Y.にまつわる著書を数々出版。9年の滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨ ークでしたい100のこと』(自由国民社)
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