ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.33 謎な、すぐき
冬になると漬物売り場にずらりと並ぶ、すぐき漬け(愛称「すぐき」)。先の尖(とが)った小ぶりな白い根菜で(カブの一種らしい)、関東人の私には全くの初見。食べてみたら、へー! ナチュラルワインのような発酵香。さくりとした歯触りで、塩のみで漬けられているため味にあざとさがなく、乳酸発酵による酸味が心地いい。すっかりファンになった私は、白ごはんのお供に、サンドイッチの具にと、冬の間、飽きずに食べ続けた。
そんなすぐきを恋しく思う夏。先日ある本で「すぐきは夏の珍味」と読んで、ええっ!? となった。冬の漬物じゃないの? なんで? というわけで、300年以上すぐき漬けを手掛ける老舗、[御すぐき處 京都なり田]を訪ねた。
[なり田]が店を構えるのは、上賀茂神社のほど近く。なんでも材料となるすぐき菜は、上賀茂神社の社家(しゃけ。神社に仕える人たち)が栽培を始めたもので、江戸時代に他村への持ち出しが禁じられて以来の固有種だとか。ゆえに、すぐき漬けは上賀茂の特産品となり、御所の公家などに贈答され珍重されてきた。守り継がれる至宝……どうりで関東では見ないわけである。すぐき菜の収穫は11月から12月。塩で粗漬けしたあと、樽に並べ塩をして、しっかり重しを施し本漬けする。「そのまま自然発酵させ、5月の葵祭の頃に漬け上がるのが本来のすぐきです」とは、[なり田]の成田典子さん。 明治から大正にかけて、発酵をうながす室(むろ)が開発され、本漬けの期間がぐっと短縮。1週間ほどで漬け上がるようになった。冬の漬物のイメージが強いのはそのせいで、元々は初夏にやっと食べられる漬物だったのだ。
[なり田]では、室を利用したすぐきと、自然発酵のすぐきを順次販売。購入するタイミングにより味わいが異なる。「12月のすぐきは漬かりが浅くフレッシュ。ものたりないと言わはる人もいます」。対して、今の季節のすぐきは“時候慣れ(じこうなれ)”と呼ばれ、「味が深いかわりに酸っぱい」と成田さん。発酵で移ろう味を予測するのは難しく、好みの漬かり具合を狙う愛食家からは、「この前のは酸味が足りんかった、残念やった」との嘆きの声が寄せられることも。樽の上中下、どこで漬けられたかでも微妙に風味が違うそうで、すぐきとの出合いは一期一会。そんなところも、“珍味”と呼ばれた所以かもしれない。
時候慣れすぐきをさっそく持ち帰り、実食。冬に比べ発酵香は力強く、ファンキー。ひと切れ口に運んだら、しゃきしゃき、舌にぴりりと酸味。そのあと口中にじわーっとうま味が伝播(でんぱ)して、うまっ……。ふた切れ目につい手を伸ばしてしまった。いわば和製ピクルス、料理への応用幅も広い。細かく刻んでタルタルソースに混ぜ、エビフライやサーモンフライと。高菜に似た葉の部分を細かく刻み、鶏ひき肉と炒めてガパオ風ごはんに。成田さんからは「カルパッチョやパスタにも合う」と聞いて、すぐき料理の構想が暴走しまくり。この夏は、すぐき“漬け”になりそうだ。
- 電話番号075-721-1567
- 住所京都市北区上賀茂山本町35
- 営業時間10:00〜18:00
- 定休日なし
- カード使用可
- 公式HPsuguki-narita.com
- アクセス市バス「上賀茂神社前」バス停から徒歩すぐ
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』を刊行。
- Instagram@nipeko55