栞の栞-VOL6hd

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.6
夜中にひらく洋菓子屋の灯り

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
7月3日(月)に新装開店しました。
雰囲気はずいぶん変わりましたが、おそれず訪ねて来てください。

6.11 sun.

 起きたら芍薬(しゃくやく)が散って、テーブルの上が真っ白になっていた。潔さが美しい。

 今日は柿内正午さん 1 と蟹の親子さん 2 による「日記からはじまるおしゃべり会」。いい具合の賑わいで、お客さんもみな参加しておしゃべりしてくれたので良かった。各々の個人的な日記について話していくターンで、お客さんが語っていた「紙に書いている日記を紙袋に入れてガムテープでぐるぐるにとめて、再度開けたときはその日付も書いて、納戸にしまって、家族にもだれにもぜったいに見られないようにしている。でも見られる可能性があることも考えて、90パーセント程度の本音を書いている」という話がかなりウケていた。生活感や必死さみたいな、あまり他人の大人からはあらわれ出ないものを目の当たりにすると、人はつい笑ってしまうのだとおもう。日記のおもしろさのひとつもきっとそこにあるのだろう。自分以外の大人の、普段は見せてもらえないところ。

 輪からすこしはなれたところに座ってしまったので、あまりおしゃべりには参加できなかったのがやや心残り。

 そして改装前の営業は今日が最後だった。とくに名残ることもなしにさっさと片付けてしまってから、あ、なんか写真でも1枚ぐらい撮っておけばよかったな、とすこし思った。

1 文筆家。読書日記『プルーストを読む生活』(エイチアンドエスカンパニー)などで話題を呼ぶ。 2 [日記屋 月日]スタッフ。2022年1月1日~12月31日までの日々を綴った日記本『浜へ行く』を発行。

6.12 mon.

 今日から改装で店は休み。とは言ってもやることは多いので、いつもとほとんど変わらず起きて支度する。誕生日の残りのクラフティを食べながら、メールの確認と、柿内さんが毎日更新している日記を読んだ。昨日のイベントのことを書いてくれている。人の日記はそもそも好きだけど、自分や、自分の店が出てくるのなんかとくべつ良い。その前後の出来事も含めて、そわそわしながら読んでしまう。

 読んでいて、蟹の親子さんと「浮さん 3 ってお友だちですか」「いえ、ライブは何度か見ていますけど」「そうですか、なんとなく似てるなとおもって。浮さんは[月日] 4 で働いているので、なんか、初対面だけど安心感があります」という会話をしたのを思い出した。以前、浮さんのライブを見に行ったとき、知人がいたので終わったあとに話しかけたら、浮さんだと勘違いされたまましばらく会話していたことがあった。べつに顔つきも話し方も似ていないと思うのだけど。

 店へ行って、一日中本をあっちへやったりこっちへやったり。気がつけば22時をまわり、こんな日はぜったいにつめた~いビールを飲んでやる、とめざしたバー3軒に振られたので、大人しくコンビニでマルエフを買って帰った。シャワーを浴びてつるんとした身体と気持ちに、缶ビールを染みこませる。

3 読みは“ぶい”。シンガーソングライター・米山ミサのソロプロジェクト。 4 東京・下北沢にある日記専門店、[日記屋 月日]のこと。

6.21 wed.

 オザケンの「春にして君を想う」 5 という大好きな曲が、リマスターされて聴けるようになっていた。京都へ向かう電車のなかで聴く。このあいだ、カローラツーにのーおてー、と口ずさみながら街を歩いたことを思い出す。

 学生時代にもどったような気分で夜中の西大路を歩いていたら、むかし時折立ち寄っていた洋菓子屋を不意に見つけた。車だけが過ぎる静かな大通りに、小さく明るくたたずむ洋菓子屋。24時を回ってもなぜだか開いていて、飲んだ帰りなどに見かけるといつも安心するような、狐につままれたような気持ちになった。友人への手土産にと、エクレア、シュークリーム、チーズケーキを買う。

 尾道で[弐拾dB] 6 という古本屋を営む友人が[源湯] 7 で出張深夜営業をしていたので、先の手土産を片手に顔を出す。大賑わい。店主は相変わらず飄々としていたけれど、尾道の店で会うときよりもどこか心許ない感じがしたのは、旅の疲れからなのか、自営業者特有の、自分の居場所からはなれると浮ついたようになるのが理由なのか。彼があたらしく編んだという本『新編 伊藤茂次詩集 静かな場所の留守番』 8 を買い、風呂を浴びた。

 銭湯を出たところで「栞さん?」と声をかけられ、住宅街なのに思わず大声をあげてしまった。まさかこんなところで、神戸の知人に会うなんて。おかしな日だ。泊まっている宿まで同じだった。洋菓子屋のおじいさんがおまけにくれたシュークリームを一つ手のひらに乗せてやり、おやすみを言う。

 高価な床の間に
 無意味な軸が
 掛かっているより
 困窮の中に
 男の顔が震えているのがいい
 そして先ず四月
 コールコーヒーを飲むことだ
 君の胸はふくらむぞ
 繁華街のウインドに
 その芸術の足の裏の
 表情を写すのもいい
 変化する街にうろたえるな
 足どりで刺身でも買いたまえ
 三条河原町のロイヤルホテルの
 整髪屋では三千五百円払わせるのだ
 ただし年中無休
 (「裏辻のアパート」 9 より)

5 1998年リリースの小沢健二によるシングル曲。 6 広島・尾道にある平日は深夜(23~翌3時)営業の古書店。 7 京都市上京区にある銭湯。2019年にゆとなみ社が継業し、イベントなども多数開催。 8 伊藤茂次の詩集『ないしょ』普及版(龜鳴屋・絶版)から再構成した詩集。龜鳴屋より刊行。 9 『新編 伊藤茂次詩集 静かな場所の留守番』収録の一篇。

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2023年9月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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