ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.28 焼肉を、洗う?
20代のころ、食通の先輩から「京都で食べるべきは焼肉」と教わった。当時は腑に落ちなかったけれど、京都に暮らしてみたら「たしかに!」と納得。旨い牛肉を手頃な値段で食べさせてくれる焼肉店が勢ぞろいしているのだ。その背景には、但馬牛、近江牛、松坂牛といった良質な和牛の産地が近いこと、文明開花の際にハイカラ志向の旦那衆や文化人が好んで牛肉を食べ、牛肉食が根付いたことなどがあるらしい。
ある日、市内の焼肉店を訪ねたら、タレ味の肉とともに、薄いお出汁のような液体の入った、とんすい(鍋料理のとき取り皿に使うアレ)が目の前に置かれた。ん? なに? もしやフィンガーボウル? 肉をサンチュで巻き巻きした手を洗うための? さすが京都、なんて行き届いたサービスだろう。などと感動しつつ、ネギが浮かんでいるのが気になった。ハーブの代わり?まさかねぇ……。思いきって店主に聞いてみたら、なんと焼いたタレ肉をさっとくぐらせ、洗うものだという。えっ! 肉をわざわざ洗うの? おいしいタレがついているのに?? 私は混乱した。
あとで調べてみたら、それは“洗いダレ”と呼ばれ、京都の焼肉店ならではのもの。肉を洗うことで余分な脂が落ち、あっさり軽やかに食べられる工夫なのだとか。ふむ。出汁ベースの淡い味を好む京都らしい食習慣ってことか?
なぜ、なに、洗いダレ。というわけで、私が愛してやまない焼肉店、左京区の岡崎にある[牛(ぎゅう)おおた]に話を聞きに行った。ご主人の太田 聡さんいわく、洗いダレの発祥は祇園にある焼肉店の[天壇]で、レシピは店によってさまざま。牛骨スープがベースだったり、ポン酢を混ぜていたり。ちなみに[牛おおた]では、昆布とかつお節でとった出汁にみりん、酒、醤油、レモン汁などを加えているそう。「麺つゆみたいなもの」と太田さんから聞き、さっそく洗いダレを飲んでみたところ、うん、塩けと酸味が絶妙な、まさに麺つゆ。思わず「そうめんください」と懇願したくなる味だ。ごくごく飲めそう。と思ったら、実際にそのまま飲むお客さんもいるらしい。

それにしても、なぜわざわざ肉を洗うのだろうか?「なんでって言われるとわからないんですよね。先代から受け継いだんで……」と太田さん。「肉の脂が落ちるから、さっぱり食べられる。そうすると量が食べられる。だから店の売上も上がる。そんな裏の事情があったのかもしれませんね」

肉のおいしさを損なわず、ちょっぴり味変もできる洗いダレ。牛おおたでは「冷ましダレ」とも呼び、焼きたて熱々の肉を食べやすい温度に下げる目的もあるとか。その言葉どおり、焼けた肉を洗いダレにくぐらせると、舌に優しい最適温。口当たり良く、ぐいぐい食べ進められそう。やばいぞ。やっぱり商売上手な焼肉店の策略だったのか、洗いダレ〜!




- 電話番号075-751-7888
- 住所京都市左京区浄土寺真如町164-9
- 営業時間17:00〜22:00LO
- 定休日月(祝の場合は営業、翌日休)
- カード使用可
- 席数89
- アクセス市バス「真如堂前」バス停から徒歩すぐ

Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)。エッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)など。
- Instagram@nipeko55









